残業 「…三堂が私のことを避けている」 ふらりと開発課にやって来て、義理で出された紅茶を片手に、しばらく仕様もない冷やかしをしたりただ黙って いたりした奈南川が、ようやくぽつりともらした本音がそれだった。 火口はおもいきり嫌な顔をして、手にした書類をデスクに投げ落とす。 「お偉い第一営業部部長様が、珍しく落ち込んでるとおもったら。原因はホモの恋煩いかよ! ったく、つきあ ってらんねぇ」 こちらは年末の忙しい最中だというのに。営業部がこんなに暇でこの会社はいったい大丈夫なのかと大声で愚痴 を吐きながら、けれど奈南川をみると多少同情心がわいた。いつも涼しげで偉そうなこの美貌の青年が、こんな 人に甘えるような態度をみせたことなどかつてあっただろうか。 「…てめぇの早とちりなんじゃねえの」 けれど奈南川はふと笑ってそれを否定した。 「あいつから言ってきたんだ。距離をおくことにしたいと」 「あ、そ」 じゃあ勝手に悩んでろ、と。そして急に疲れがたまっているのを自覚した。三堂が本気で奈南川を手放すなど、 全くもって有り得ない話だ。それが解かっていたし、もちろん奈南川も解かっているだろうと思うから、こんな 言い合いはなんだかとても馬鹿馬鹿しい。 他所の部署に回さねばならない未処理のデータがあったのを見つけて、火口は髪を掻き回しつつ部屋を出る。仕 事はまだ終わりが見えなかった。 廊下を足早に通ると、もう日はずいぶん前に落ちて、外は真暗になっているらしい。無機質に白いブラインドが 蛍光灯の光を反射するので、そんなことにも今まで気がつかなかったが。 …に帰ると、奈南川が火口が散らかしていった書類に手をいれていた。まだ帰ってなかったのかよ、と舌打ちし、 長い指からペンを取りかえす。 「何やってんだふざけんなよ。忙しいのにこの上仕事増やしやがって」 そうは言ってみたものの、奈南川の指摘が的確なのは、修正の文字を見なくてもすぐに察せられることだったが。 「冷たいな。私はしばらく火口といたいと言っているのだが?」 奈南川が頬杖をついて、また書類にチェックをいれながら言った。冗談めかして言っているものの、火口は初め て奈南川を弱いと感じた。 「へぇ…。アンタにも寂しいなんて感情が残ってたとはな」 はん、と鼻で笑って、長い髪のかかったデスクに勢いよく手をついた。奈南川の睫毛が揺れて、視線がゆっくり とこちらを向く。 「だったら俺が慰めてやろうか?」 奈南川が吐息をもらす。そして、ほんの僅かに視線がずれた。 「…。人の弱みにつけこんで、楽しいか」 「あぁあ、楽しいね。俺は卑怯なことが好きなんだ。効率よく利益を得られるだろう」 奈南川は、肯定とも否定ともとれない表情を浮かべ、火口の黒縁の眼鏡に指を絡ませた。そのままそれを外して しまおうとして、けれどふと思いとどまり、眼鏡の縁にキスを落として火口から離れた。 「駄目だ。できないよ、そんな真似は。…そうだな、三堂と関わるようになってから、私は少し臆病になったか もしれない」 奈南川はやはり、涼しげに笑って言った。 「そうかよ。じゃあもう、とっとと帰れ。どうせここに用はないんだろうし」 火口も、やはり笑った。ただ少し、煙草の味が舌に苦かった。 excuse: 奈南川は、実は火口のことがとっても好きだったんだと思うんです。 だから最後自暴自棄になってあんな意味のわからん偽善者まんまんなセリフをうっかり吐いちゃったんじゃないか しら〜とか。あはは。 それでも三堂なのか。と思いました? 思いました、私も。でも火口とナミーの間にもいろいろあったとおもうよ またそんな話も、かけたらいいなぁとおもっています。 back. top.